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昨日、浦和レッズがセパハンに快勝した。
野球の北京五輪出場決定戦といい、スポーツ界ではうれしい出来事が多い。
スポーツが気持ちいいのは、知も肉体も、努力の成果が結果に現れる所だ。
星野ジャパンの韓国戦、台湾戦とも、しびれるようなテンションで選手は戦ったと思う。
たかがテレビの映像にもそれが伝わって来て、こちらも生きる気力がわいて来た。
大げさではない。
それを、今私がテリトリーとしているエンターテインメントの世界と置き換えてみると、わかっていたとは言え、愕然とする。

どれだけのプロデューサー、ディレクター、演者が、あそこまでのテンション、集中力で取り組んでいるか、だ。
実は私はそこを目指している。

現在は、指導者としての仕事が中心になっているが、自分が歌う時もそこを目指していたいのが常だ。
だから、年に2回しかやらないけど私のライブは何時も前回と「何かが違う」、のだと思う。
ところが、指導者として既存の集団からオファーを受け、目標を高めに設定して挑むと、主催者や所属事務所からストップがかかる事があったりする。
演者にプレッシャーがかかり過ぎるからもう少し緩くしてください、とか、視聴者はそこまで求めていませんとか云々。。
実はそう言うことをやっていると、日本のエンタそのものが衰退して行くと言う事がわかっていない。
今、お客にうけていても、同じ事を繰り返していると飽きられる。
お客とはもっと、もっと、を求める生き物だから。
じゃあ、手を替え品を替え、演者を替え、シチュエーションを替え、その繰り返しである。
その方法はホールの数が限られてる限り限界があるし、どんどん新しい子をつぎ込むだけで、既存の演者を育てない。
いわゆる、切り捨て主義の前兆だ。
目新しさだけで勝負をするのは、街でスカウトを繰り返すキャバクラのようなものだ。
なぜ、質を高めようとしないのだろうか?

結局いつもの私の論理にたどり着いてしまったけど、スポーツ観戦の清々しさからうけるポテンシャルを、私はエンタに求めたい。

そういえば、昔私の周りにいたミュージシャンはプロレス好きが多くて、音楽は格闘だ!とか言ってたっけ?
それはおちゃらけた話ではあるが、まんざらでもない。

プロレスは真剣勝負とエンタの両方を備えている。(で、ない集団もいるけど。。)
野球やサッカーは真剣勝負のみだけど、それを見ているお客にとってはエンタだ。
外国の優れたミュージシャンの演奏に、涙が出るほど感動するのは、その領域で奏でられているからではないだろうか?

日本の現状は悲しい。

オシム曰く、今の日本人が勤勉なのではなく、先代が作って来た水準を今の人たちが享受しているだけ、だとすれば、それに気づいていない私たち日本人の未来は暗い。

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