昨日、昔話に花が咲く飲み会があって、色んなことを思い出した。
21歳の頃、CBSソニーと言うレコード会社からデビューしたのだが
2枚目のシングルを出そうと言う時、当時のB面に準備していた曲があった。
柳ジョージさんのバンドでキーボードを担当していた、上綱さんが書いてくれた「横浜バンドホテル」という曲だった。
スローなブルースっぽい曲で、間奏にハーモニカを入れることになった。
ところが、プロデューサーさんが頼んでレコーディングしてくれた人の音が私は気に入らず、
妹尾ちゃんに替えてくれ!(ブルースハープ奏者の妹尾隆一郎氏のこと)と頼み、本当に差し替えさせてしまった。
A面用の「香港ガール」も、やはり、レコード会社サイドが頼んだコーラスのビートが気に入らず、他の人に差し替えるか協議した結果、私が一人で重ねて録る事にした。
当時、新人歌手の私がそ〜んな生意気な事を連発していたのである!
今から考えると恐ろしい、怖いもの知らずだったのか?!
会社もお金をかけてミュージシャンを雇っているので、没になると捨て銭である。
若気の至りとは言え、申し訳ない。。。(>_<;)
でも、いいものを作ろうとする事に、出来るだけ(出来る範囲で)予算をかけようと言う当時の音楽シーンの気質は、正しかったと思う。
ソニーも他のレコード会社も、今と違って羽振りがよかったしね。。。
ちなみにそんな私の性格は、芸能界にはあわなかったらしく、
本人の意思に反してドロップアウトした形になちゃったけど、
今でも変わらない気質なので、しかたないのかなあ〜と思う。(^o^)
ただ、当時の回りの皆様にはご迷惑をおかけしました。m(__)m
反省しています(^^;)
関屋さん、ごめんね。